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【注意:この記事は『西日本新聞』の承諾のもとに掲載しています。複製、転載は出来ません。】


 「住所不定、無職」と書かれた名刺を手に、大牟田市出身の中林朗夫さん(29)が日本一周の旅を続けている。
 東京で働いていたが三十歳を目前にして「自分の生き方を見つめ直したい」と決意。
 旅先のさまざまなの出会いをインターネット上のホームページ(HP)で伝え、全国各地からのアクセスはこれまでに延べ五万五千件。応援メールを励みに歩む。

 中林さんは大牟田高校卒業。その後上京し、派遣会社員として携帯電話の販売店に勤めていたが、二年程前、夢を持っていない自分に気付き、焦燥感にかられるようになった。
 「本当にやりたいことは何なのか、人生が不安になった」。
 悩んだ末、自分を見つめ直す機会にしようと思いついたのが日本一周。バイクや自転車を使う手段もあったが、あえて「最もきつい歩き」を選んだ。
 昨年三月十三日に勤めを辞め、バッグに寝袋や小型パソコンを詰め込み、地図と万歩計を携えてJR東京駅前から一路北へ。一日平均四十`を歩く。 雨の日も道路沿いにテントを立てて寝泊りする「半野宿」。食事はコンビニ弁当。「おれは何をやってるんだ」「きつくてダメ。もう帰ろう」。何度も旅に出た事を後悔した。
 反面、旅で出会う人々の厚意が身に染みた。
 祭りに参加しないかと声を掛けてくれた北海道の住民。「お前何度も見かけたよ」と呼び止め、家に泊めてくれた青森のトラック運転手。ほぼ毎日、旅の模様をつづり続けたHP「住所不定 無職」を読んだ全国の人たちからメールが寄せられる。
 「ガンバレ」「僕も旅に出ようと思う」
 後押しされるように日本海側を南下し、昨年九月に故郷大牟田に着いた。現在は再出発に備えてアルバイトで資金をためている。
 三月には大牟田を出発し、鹿児島、沖縄を回り、九州、本州の太平洋側を北上して東京駅まで、「残り半周」の旅に出掛ける計画だ。
 「旅を通じて、夢を実現させるまでの過程と向き合うことの大切さを学んでいます」と中林さん。「自分も周囲の同世代も、成功した瞬間だけを夢見がちなんですよ」と反省している。
 日本一週した後は「今は考えていません。でもどんな生き方をしようと、旅をやり遂げた自信は自分の糧になるはずです」。

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